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タイの成人男性は皆が一生に一度は必ず僧侶になると、日本では考えられている。しかしこれはちょっと包括的ないい方だ。実際には成人男子の約半数が僧侶になった経験があると、研究者の間では推定されている。
タイに何度も足を運ぶうちに、いろいろな人に出会った。タクシー運転手は半年問も僧侶になった、辛い修行にも音を上げなかったと誇らしげだった。
青年僧は仏教を追い求めるため、伝来の道を遡ってビルマ、スリランカ、インドヘ旅立った。携帯品は小さなダンボール箱だけ。青年僧の意志を物語る旅姿だった。 |
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その一方で、僧侶なんて冗談じゃないと顔をしかめる青年もいた。生活に追われ、ついに僧侶を経験することなく年老いてしまったと顔を曇らせる老人もいた。人の数だけ、僧侶に対する想いがタイにはある。
僧侶としての修行期間は2週問と、スチャット氏は決めていた。修行期問も人によってまちまちだ。2、3年、いや10年、20年という長期の「一時僧」もいる。生涯を僧侶として修行をする永続僧もいる。
ほとんどは20歳から30歳の間、結婚前に行うのが大半だが、すべては本人の自由裁量に委ねられるゆるやかな慣行だ。
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ときには冗談をいい、笑いが絶えないスチャット氏だったが、式の準備が整ったことを告げにきた兄のほうを振り返ったときから表情が引き締まった。いよいよ2日がかりの、長い儀式の始まりだ。
式をより盛大にするために招かれた楽団が演奏を始めた。これが合図となって、髪にハサミが入れられる。彼の顔に一瞬、躊躇するかのような表情があらわれた。
「覚悟していたとはいえ、烙印を押される気分だった」と、後で打ち明けた。
相撲の断髪式のように、招かれた一人一人が髪を切り落としていく。この間、スチャット氏はタイ式の礼拝ワイをしながら神妙な表情で座っているのだが、友人たちは口笛を鳴らし盛んにはやし立てる。 |
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そのたびに参列者の間から、どっと大きな笑い声があがる。旅立ちへの祝いの序曲だ、と納得させる陽気さにあふれていた。
最後にカミソリで一本残らずきれいに髪の毛が剃られ、眉もすべて剃り落とされる。顔付きが一変した。眼差が尖り、精惇さも加わった。
ここまで来ると緊張の糸もほぐれたのか、本人はさばさばとした様子をみせるようになった。まだこの時点では僧侶ではないため、戒律に縛られることはない。太陽が沈むまでの間、彼を交えて再び宴が続けられた。
「兄が僧侶になったとき、次は自分の番だと自覚した。今日、やっとその日が訪れた」と、言いながら彼はうまそうに料理を口に運んだ。弟も一人いる。
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「いずれは、彼もこの日を迎えるだろう」と、視線を弟のほうに傾ける。かたわらで叔父が大きくうなずいていた。
スチャット氏の家のように、タイでは今日まで約700年問にわたって、若者たちを中心として仏教の種が撒かれ、実践的に受け継がれている。
パゴダの彼方に夕日が沈み、あたり一面がすっかり闇に包まれたころ、一人の僧侶が家に招き入れられた。家族の者が心配そうな様子で見守るなか、白衣に着替えたスチャット氏は僧侶の前で手を合わせ3回ぬかずいた。
どことなく動作がぎこちない。緊張した面持ちがありありとうかがえられる。固い表情を崩さなかった僧侶だったが、彼のういういしいしぐさを見たとき、初めて微笑を浮かべた。親が子を見守る表情にもとれた。
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この憎侶こそが、これから2週間にわたってスチャット氏を指導し面倒をみる師であった。さらに彼が還俗した後も、なにかと関係を保つことになる生涯の師でもある。
パーリ語での経文が唱えられ、その僧侶の今日の役目はひとまず終わりをとげた。
かわってバラモン師が登場し、タム・クワン儀礼が始まった。生霊(守護霊)の呪縛を目的とした神秘的な儀礼だ。
一室に参列者が揃った。無駄口をたたく者はいない。これから執り行われる儀礼の意味を暗示する緊張感が、ビリピリと張りつめだしていた。
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タイ人は人の肉体に32の生霊が宿ると信じている。もしこの生霊が肉体から離れたときには、死につながる病に陥ると極度に恐れる。
そのため人生の節目ごとに、生霊をより密着させなければならない。なかでもとりわけ重視しているのが、この得度式前日のタム・ダワン儀礼だ。
上座部仏教圏では男性が僧侶としての戒偉を守りさえすれば、人種も国籍も以前の宗派もまったく問われないとされている。事実、黄衣をまとった青い目の僧侶を少なからず見かけたことがある。
それどころか意味の取り違えで、私の得度式まで準備されてしまったことがビルマであった。しかしタイではゆるやかな規制がある反面、手続きに関しては厳格な一面を要求する。
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いくら熱望しても本人だけでは僧侶になれない。その人物に宿る生霊も一緒でなければならないとされる。このために僧侶志願者には、タム・クワン儀礼は避けて通れない儀式だった。
儀礼はインドのバラモン教に由来するという。このためタム・クワン儀礼を司ったのがバラモン師だった。
部屋の中央に、七層からなるバイシーが供えられた。全て手作業で作られ、昼からかかって先ほどやっと完成した苦心の作だ。人の背丈ほどの高さになっていた。
バイシーにはバナナ、パイナップル、ランブータンなど、ふんだんに実るタイの生態系の恵みが生霊への供物として捧げられる。生霊と生態系の恵み、そして人。タイの自然の中に在ろうとする人々にとっては、象徴的な取り合わせだ。
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スチャット氏はバイシーの前で、神妙な面持ちで手を合わせた。師はバラモンの神々にうやうやしくよびかけ、天を仰ぎ、ひれ伏し、このバイシーに降臨するよう祈りを捧げる。そして彼の儀式を祝福するようにひたすら願いをかける。
さらにスチャット氏の体内に宿る生霊をもてなすために、ココヤシの果汁とバイシーの最上段に備えられたゆで卵を彼の口に運び食べさす。
火をつけたロウソクを参加者の周りに回し、彼に向かって火を吹き消す。そしてとけたロウソクを用いて彼の額に呪文を書き記す。
薄暗い部屋の中でロウソクを操りるバラモン師の行為は、独特の神秘性を漂わせた。
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「ほとんど言葉は理解できない。しかし師の言わんとしていることは納得できた」と、彼の友人は語っていた。バラモン師の声にこもるメッセージだけははっきりと聞きとれたのだろう。
タム・クワン儀礼が終了するとスチャット氏は一般の人問から離れ、それでいて僧侶でもないという奇妙な存在物と見なされる。この状態は明日の得度式が終了するまで継続するという。
彼の兄は「これで彼もようやく大人の仲問入りができる」と、上機嫌で参列者に酒をふるまった。酒がはいり饒舌になった老人は「僧侶にもなったことがない男に娘を嫁にやるわけにはいかないが、これで彼も結婚できるぞ」と笑う。
僧侶になることは宗教的意味合い以外に、大人になったことを世間に認知してもらう場でもあった。
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ここには日本人が大乗仏教と上座部仏教(小乗仏教)の違いを感じながらも、「仏教」という同音語に固執することで惑わされ、勝手に想像しがちな抹香臭さはどこにもない。
その一方で最近は慶事的な側面も強くなり、親はその費用の捻出に精を出す。額は平均労働者の月収の約三倍近くに達するともいわれている。スチャット氏の場合もビデオ・カメラマンが雇われ、儀礼の一部始終を撮影していた。
この日の儀式はすべて無事終了した。安堵感が漂い、乾いた明るさに満ち満ちていた。スチャット氏の招きに応じて、再び夜のチャオプラヤ川に出た。
赤い月が川に映えていた。気の合った者同士、輸になって話し込んだ。豊かな時間が流れる。後は明日の得度式を待つばかりだった。
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